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法隆寺の鬼 西岡常一棟梁の語録と共にみる法隆寺

法隆寺西院伽藍

古いからここを見にくるんじゃなくて、
れわれの祖先である飛鳥時代の人たちが、
建築物にどう取組んだか、
人間の魂と自然を見事に合作させたものが、
法隆寺やということを知って見に来てもらいたいんや。

「法隆寺の鬼」と呼ばれた故西岡常一の言葉です。
学生時代に奈良へ修学旅行、法隆寺に訪れたことがある方は多いかも知れない。
しかし、法隆寺の良さは大人になってからこそわかる。飛鳥路時代(607年)に建立されたといわれる、1400年以上前の建築。
令和になった今こそ、日本人の原点である法隆寺を見直してほしい。
飛鳥路時代の技術と本気で向き合ってきた「法隆寺の鬼」西岡常一の言葉とともに、法隆寺を紹介していきます。
当記事の語録は「木に学べ 法隆寺・薬師寺の美」から引用したものです。

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法隆寺最後の宮大工棟梁 西岡常一

法隆寺西院伽藍中門

法隆寺西院伽藍中門

わたしに何か話せゆうても、木のことと建物のことしか話せませんで。しかし、いっぺんにはむりやから少しずつ、いろんなこと話しましょ。

わたしは法隆寺の棟梁です。代々法隆寺の修繕や解体を仕事にしてきたんです。昔は【宮大工】とは呼ばずに【寺社番匠】と言っていたそうです。これが明治の廃仏毀釈政策をさかいめに社より上にあった寺がなくなり、【宮大工】呼ばれるようになったんです。

なぜ半分農業しておったか言いますとな、宮大工は民家は建ててはいかん、けがれるといわれておりましたんや。民家建てたものは宮大工から外されました。ですから、用事ないときは畑作ったり、田んぼを耕しておりました。今はそんなことないでしょうけど、わたしは、法隆寺の最後の棟梁という誇り守って民家作らんようにしようおもってます。それで自分の家も他の人に作ってもらいました。

それじゃあ、普通の大工と宮大工どこが違うといわれましたらな、ふつうの大工さんは坪なんぼで請け負うて、なんぼもうけてとかんがえるやろ。わたしらは堂や塔を建てるのがしごとですがな。仕事とは【仕える事】と書くですわな。塔を建てることに仕え奉るいうことです。もうけとは違います。そんだけの違いです。そやから心に欲があってはならんのです

「仏を崇めず神を敬わざる者は、伽藍、社頭を口にすべからず」という口伝があり、神道というもの、仏法というものを理解せねば、宮大工の資格がないということですな。

心がけの問題です。わたしと一緒に法隆寺で仕事をした大工は60人ほどおりましたが、宮大工で残ったのは、わたし一人だけでした。みんな気張ってやっているんですけど、学ぼうという心がないと、ただ仕事をするだけになってしまうんです。

宮大工の現場

法隆寺大講堂

法隆寺大講堂

棟梁いうものは何かいいましたら、「棟梁は、木のクセを見抜いて、それを適材適所に使う」ことやね。木のクセをうまく組むためには人の心を組まなあきません

ところが木は正直やが、人間はそやない。わたしの前ではいい顔してるけど、かげでどう働いているかわからん。だから、木組むより人を組めといったんですな。

とにかく、人の心がわからないようでは人を束ねてはいけません。棟梁というのは、大工だけではなしに、ありとあらゆる職人を束ねていかねばならないのだから、ありとあらゆる人の苦しみをよく知っていなくてはいけない

仕事の割り振りでも、季節を考えなきゃなりませんな。働く人は農家の人が主です。だから仕事をするのでも農閑期に使えるように段取りしたものです。今はそれがありませんな。旬がなくなったんです。旬は食べものだけじゃないんでっせ。仕事を進めていく上でも自然の運行と深い関連がありますのや。

設計・積算・人の手配・賃金・作業の進行と、棟梁は「作ろうか」と相談受けたときから「できましたで」というまでやるんです。いや、その後も、台風があったり地震があったりすると、「どんな具合やろ」と後々まで心配しないきません。

今の大工は耐用年数のことなんか考えておりませんで。今さえよければいいんや。とにかく検査さえ通れば、あすはコケてもええと思っている。わたしら千年先を考えてます。資本主義というやつが悪いんですな。それと使う側も悪い。目先のことしか考えない。

宮大工の道具

法隆寺金堂

法隆寺金堂

わたしが始めてもらったのはのみでした。おじいさんが「これ使いこなしてみよ」と言ってくれました。一本じゃなしに、五分、八分、一寸二分だとか一揃いでした。そのときは、うれしいというより「厄介なものやな」と思いました。責任の方が大きくなりますからな。

仕事の前にカンナを研ぐなんてことはありませんでしたな。明日使う道具は、前の日の夕方、仕事が終わってからそろえておくんです。それだけサービスですな。今の人はそんなことやりませんな。

刃がどんなに研げても台が悪ければあかんよ。さっきの人は、カンナかける前に台を削とったでしょ。そこからやらなあきませんわ。自分でおぼえていかなしようがないわな。ただ、そういうことにも気づかずに、そのまま終わってしまう人が多いな。

西洋のノコギリと日本のノコギリとは違いますな。西洋では押しますし、日本ではひきます。これは、性格の違いや。押すというのは細かい仕事ができないということでんな。精密な仕事ができませんな。西洋人の頭のなかいうのは、わりに雑なもんでっせ。

電気の道具は消耗品や、わたしらの道具は肉体の一部ですわ。道具を物としては扱いませんわ。それと道具も自分だけの物やと考えるのは間違いです。形ひとつにしても今決まったんやない。長い長い間かかって、使うにはこの形がいいと決まったんですから。

科学が発達したゆうけど、わしらの道具らは逆に悪うなってるんでっせ。質より量という経済優先の考え方がいけませんな。手でものを作りあげていく仕事の者にとっては、量じゃありません。いいもん作らなあ、腕の悪い大工で終わりでんがな。飛鳥の時代から一向に世の中進歩してませんな。

木に学べ

法隆寺西院伽藍

法隆寺西院伽藍

ヒノキという木があったから、法隆寺が1300年たった今も残ってるんです。ヒノキという木がいかにすぐれていたか昔の人はしっておったんですわな。
日本書紀のスサノオノミコトのくだりに、スサノオがひげをまくと杉が生えた。胸毛をまくとヒノキが生え、尻の毛をまくとマキが生え、そして眉毛をまくとクスノキが生えた、ということが書かれています。そして、すでに用うべく定むとありまして、ヒノキは端宮に使え、杉とクスノキは浮き宝(船のこと)にせよ。そしてマキの木は死体を入れる棺に使えと、こういうことが書いてあるんです。そして法隆寺、薬師寺もすべてヒノキでできてます。神代からの伝承を受けて、仏さんの宮居であるところの伽藍はヒノキ一筋ということやとおもいます。

自然を忘れて、自然を犠牲にしたらおしまいでっせ。自動車売ってもうけた金を、農山林業にかえさんと、自然がなくなってしまいます。このままやったら、わたしは1世紀か2世紀のうちに日本は砂漠になるんやないかと思います。

だいじなヒノキが、今の日本にはなくなってしまったんですな。今、日本で一番大きいのが木曽の四百五十年。これでは堂も塔もできません。木の文化もなくなってしまいますな。政治家の言うとる緑は植木鉢のミドリちゃうかと思います。もっと長い目で見なあきません。

樹齢の長いヒノキが日本には残ってませんのや。わたしらが法隆寺や薬師寺の堂や塔を建てるためには、台湾までヒノキを買いにいかなあならんのです。なさけないことですよ。

台湾に薬師寺用の林を見に行ってきましたけど、あそこのヒノキの植わっている山には土壌なんてありませんのや。岩ばっかりです。こういう条件だからこそ、2千年もの木が育つんですな。人間も同じですな。甘やかして欲しいものがすぐに手に入ったんじゃ、いいもんにはなりませんな。

自然の木と、人間に植えられて、だいじに育てられた木では、当然ですが違うんでっせ。自然に育った木ゆうのは強いでっせ。千年たった木は千年以上の競争勝ち抜いた木です。法隆寺や薬師寺の千三百年以上前の木は、そんな競争を勝ち抜いてきた木なんですな。

木というのは正直です。動けない所で自分なりに生きのびる方法を知っておるでしょ。わたくしどもは木のクセのことを木の心やと言うとります。風をよけて、こっちへねじろうとしているのが、神経はないけど心があるということですな。

飛鳥のものは木ひとつひとつの美しさが活かされてます。法隆寺大工に伝わる「木を買わずに、山を買え」というようなことが守られているんですな。土質によって材質の違う木が生え、それを適材適所に使うというのが、建物つくる基本ですからな。

山というのは、わたしども人間のふところやと思います。人間でいえば母親のふところやと思います。人間というのは知恵があって、すぐれた動物やから、なんでも自分の思うようにしようとするけどね、そんなの自然がなくなったら人間の世界がなくなるんです。

鬼が語る法隆寺

法隆寺五重塔

法隆寺五重塔

室町時代以降、構造を忘れた装飾性の強い建築物が多くなってますな。そやから、何回も解体せなならんのですわ。法隆寺はでけてから千二百八十年たって解体しました。

「人は仕事をしているときが美しい」いいますな。それは、人の動きや心に無駄がないからです。建造物も同じですな。機能美というんでしょうな、こういう美しさを。飛鳥の建造物にはこうした機能を第一とした美しさがありますな。

今の建物は、一本の長い柱で一階から二階までつながっとりますな。それが、金堂や塔、中門では一階と二階では内側の方にズレてます。一階が右に揺れると二階にそのまま伝えるんでなく、逆方向にいくんです。それで、大きな揺れを吸収してしまう。いわゆる軟構造ですな。

ひとつひとつの構造が有機的ですな。一個として、それだけ独立してるということはないんです。

曲がった木は、外に出てる部分を真っすぐにするために、尻をぎゅっと振って、真っすぐになるようにしてある。尻の方を曲げてるんですな。今の大工なら、曲がった木を削って真っすぐに見せるだけですわ。その時は真っすぐに見えますけど、何年もたたんうちに、曲がってしまいますな。

構造物は社会です。斗や皿斗や柱は個人個人の人間ですな。それぞれが、うまく自分の力を発揮して、組み合わされて、崩れない形のよい建物ができるわけですな。もし柱の力が強すぎたら、柱の先端が屋根から上に突き出るというようなことになり、物になりまへんな。

 

法隆寺雲形肘木

法隆寺雲形肘木

全てが同じじゃおもしろくないし、美しくない。学者が法隆寺の研究にきて、斗がいくつだとか数えて、寸法はかっていきますけど、全部違うんでっせ。こういうものは、それ一個とりだしても、全体やつながりを見ないとわかりません。

人間が知恵だしてこういうものを作った。それがいいんです。それが文化です。それを知らずに、形がどうや様式がどうやいうのは、話になりませんな。

格子の木は一本ずつ全部違います。太いのもあれば、細いのもある。四角のものも菱形もありますな。木を割って作ったんですから、同じようにはなりませんな。

規格で作った連子格子と飛鳥のものを比べてごらんなさい。見るものに対して、建造物が訴えかけてくるものがまるで違いまっしゃろ。飛鳥の建築は、外の形にとらわれずに木そのものの命をどう有効に、活かして使うかということが考えられてるんですな。

建築物は構造が主体です。何百年、何千年の風雪に耐えなならん。それが構造をだんだん忘れて、装飾的になってきた。一番悪いのは日光の東照宮です。装飾のかたまりで、あんなんは建築やあらしません。工芸品です。

建築基準法も悪いんや。これにはコンクリートの基礎を打回して土台をおいて柱を立てろと書いてある。しかし、こうしたら一番腐るようにでけとるのや。20年もしたら腐ります。明治時代以降に入ってきた西洋の建築法をただまねてもダメなんや。

東院伽藍回廊

東院伽藍回廊

東院伽藍鐘楼

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