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簡単な自己紹介

Koike Yusuke
椅子設計士/木造建築士/ベトナム建築探偵/500人規模の家具工場にて開発設計責任者。
現職はベトナムにある家具工場で、マスマーケット向けの椅子やソファなどを開発しています。
資格:木造建築士 / カラーコーディネーター1級(商品色彩)
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絵を描くことだけが自分のアイデンティティを保っていた学生時代

中学生の頃に描いた油絵

中学生の頃に描いた油絵

自分で言うのもなんだけど、小学生の頃まではそれなりに優秀で、今で言うオール5という成績も何度かとった記憶がある。
とはいえ、東京多摩地域の片田舎の小さな小学校内での話。逆に言えば、当時一番得意というものがなかったが、自分はオールマイティな人間だとも思っていた。

しかし、親の言うままに中学受験をして、自信は崩壊。入った私立中学は人気校で、倍率は約7倍。意気揚々と中学生活をはじめるも、半年後にはあまり学生生活が楽しくなくなった。
いじめにあっていたというわけではないが、単に自分が活躍できる場所が見つからなかった。やる気満々ではじめたテニス部も二学期に入り行かなくなった。

そして中学1年の三学期、体育の授業中に全治半年の怪我をする。すぐに入院して足の手術を受けて、1ヶ月入院。手術の痕はいまだに残っている。
もともと運動神経が良い方ではなかったが、この怪我によってスポーツをやる自信はなくなった。

中学2年になり完全に帰宅部となった。冴えない中学生活が続く。
そんなとき、親が見るに見かねて、僕を絵画教室に通わせてくた。
小学生のころ何回か表彰されるほど絵は得意だった。家では、ドラゴンボールや幽遊白書のキャラをコソコソ描いていた。
親はそこに活路を見出してくれた。

絵の先生はとても厳しいおじいさんだった。
そのおじいさんこそ、僕にとって人生で最初で最後の師といえる人かもしれない。

だが、絵画教室に通いだしたとはいえ、中学生活は楽しいものにならなかった。
美術の成績だけは常によく、これだけが当時のアイデンティティだった。

演劇にかけた高校時代

高校生の頃に描いた油絵

高校生の頃に描いた油絵

今考えても、高校に上がってから演劇部に入ったのは正しい選択だった。
絵が得意なのに美術部に入らなかったのは、絵画教室に通っていたせいもあるが、この高校の画風が気に入らなかったから。
そして、絵画以外で自分を表現したいと思ったから。

演劇の主役はもちろん役者だけど、僕がやりたかったのは舞台美術だった。

僕以上に舞台美術にこだわりがあった人は他にいなかったので、一年生のころからすぐに担当させてもらえたし、二年生になってからはそれなりの評価もされた。
評価されたのはもちろん嬉しかったけど、当時は仲間たちと舞台を作り上げていくのがとても楽しくて、すっかり演劇にハマってしまった。

しかし、絵画教室はやめずに続けていた。

今思えば、この高校時代の頃から木を使って舞台装置を作っていたし、デザインもしていた。そう考えるともう20年以上空間・家具デザインと関わっていることになる。

法政大学建築学科へ入学

卒業設計

演劇にハマったとはいえ、演劇で食べて行けるとは思っていなかったので、舞台美術の先にある総合芸術といわれる建築学科への進学を決めた。大学では民家研究会に所属していた。この時のメンバーは有名な建築家の設計事務所や大手設計事務所を経て独立している人も多い。

三年生のオープンデスクではKDA(クライン・ダイサム・アーキテクツ)に参加し、四年生になると構造デザインの巨匠川口衛研究室に所属した。

商業建築の世界へ

カントリー風のレストラン

いまでいう就職氷河期世代の僕は就職に失敗した。(就職活動をナメていた)
新卒で入ったのは、商業施設設計の会社だった。入社2年間はほとんど現場管理だったが、3年目以降は設計の仕事がメインとなった。主に設計していたのは、焼肉店や居酒屋。雀荘やラブホテルのリニューアルなどもした。
しかし、会社の社長が在日韓国人で、ヤクザな商売が多かった。今で言うブラック企業。約6年間働いて会社を辞めた。

ドイツ留学を経てベトナムへ就職

ハイデルベルグの橋

ドイツ ハイデルベルクの橋 水彩画

ヨーロッパの建築をゆっくりとみたかったため、ドイツへ半年間留学しながらヨーロッパを旅した。ドイツはもちろん、イタリア、フランス、チェコなどの街を見て周った。また、ドイツからトルコを経由して、東南アジアの国々を1ヶ月かけて旅をした。

 そして、帰国してから3ヶ月後にベトナムの家具工場で働くことになり、今に至っている。

どうして、建築の世界から家具の世界へ移ったのか 

オリジナルデザインのチェア

現在の日本では、建築と家具の業界は線引されて別れている。が、僕の中ではモダニズムの建築家たちと同様の感覚で、「家具は建築の一部である」ことから、あまり意識していなかった。ところが、業務用家具ならまだしも、住宅向け家具となると流通の関係でほとんど建築との関わりがないのが実態だ。

しかし、家具の面白いところは、絵に描いたもの実物になる時間が早いことだ。さらに言えば、自分でデザインしたものを自分で作り上げることもできてしまう。それは、人の手を借りて創る建築とは違った面白さがある。高校時代に経験した自分でデザインして、自分で作ることが実践できる。

僕の仕事と強み

オリジナルデザインのウィンザーチェア

オリジナルデザインのウィンザーチェア

僕の本当の仕事

それは、稼ぐことだ。

とにかく工場が稼ぐことだけ考えて仕事をしている。入社当時は、僕のいる工場には日本人が二人しかいなかった。
だから、商品開発だけでなくて、生産管理や品質管理などの仕事も兼任していた。そのおかげで、僕は5Sや改善、TOCなどの知識も持っている。

でも今は、工場に日本人が増えて仕事が分担化されてきた。以前に比べて商品開発に割ける時間も増えてきた。
僕の場合は、商品のデザインもするが、このデザインにしたらどれくらいコストや工数がかかるのか、というのも考えて設計している。
さらに椅子の設計には、デザインだけではなくて、「強度」や「座り心地」など見た目以外の機能も重要。

コスト・強度・品質・座り心地、そして見た目といったデザインまでを含めて設計するのが僕の仕事。

仕事の流れ

僕が具体的にはどんなことをしているかというと、仕事の流れは2パターンある。

1)川上から川下まで手がける仕事
2)途中から川下まで手がける仕事

1)川上から川下まで手がける仕事

①顧客と直接どのような商品を作りたいのか商談する
②自分でデザインする。
③設計→見積りまですべて行う
④試作→見積りを繰り返し商品をブラッシュアップする
⑤価格と規格が決定したら、商品化→初回生産までチェックする。

2) 途中から川下まで手がける仕事

①と②は別の人が行う

①営業が顧客と商談する。
②営業から社内もしくは社外デザイナーにデザインを依頼する。

③から僕の仕事

③上がってきたデザインに対して、製品化できるような設計図を起こす。そして、見積もりをする。
④と⑤は1)と同じ。

僕のやっている1)の仕事は、基本的にはOEMと言われる商品開発で、顧客がイメージの画像やスペックを持ってきたものに対して、デザインをする。

資格

僕は、一級カラーコーディネーターと木造建築士の資格を持っている。実は海外に来てから資格の勉強をはじめた。
日本で働いていた頃は、仕事でいっぱいいっぱいで勉強する余裕がなかった。
そして、危機感も持っていなかった。「一生懸命働いていればどうにかなる」と楽観的に考えていた。

2015年に一級カラーコーディネーターを取得し、2016年と2017年かけて木造建築士の資格を取得した。
2018年は、インテリアコーディネーターやITパスポートの勉強をしてみたが、どうもスイッチが入らなかった。
そして2019年は、マーケティングの勉強に力を入れ、5月にマーケティング検定3級に合格した。マーケティングの勉強はこれからも継続するつもり。
マーケティングとデザインを合わせれば、本当に売れる商品が開発できるようになると思う。

今僕が目指しているのは、プロダクトマーケティングデザイナー。
IDEOのCEOがティム・ブラウンが唱える「デザイン思考家」になれるように日々研鑽してゆきたい。

現在の3つの活動

ここまで書いてきたように、僕の本業は家具工場での商品開発。
しかし、それだけでは自分の人生に納得できない。
特に、学生時代から関わってきた絵や建築とは、今後の人生でも関わっていきたい。

本職では建築に関わることはできないけど、自分でメディアを運営するという建築との関わり方にたどり着いた。

いまは、当ブログample.styleを含めて3つのメディアを運営している。

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筆者プロフィール:Koike Yusuke / ベトナム建築探偵
構造美主義者の椅子設計士/木造建築士/ベトナム建築探偵/500人規模の家具工場にて開発設計責任者。
現職はベトナムにある家具工場で、マスマーケット向けの椅子やソファなどを開発しています。2020年よりベトナム建築探偵としての活動をはじめました。
資格:木造建築士 / カラーコーディネーター1級(商品色彩)
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