「うわーっ」という感動で満せたら・・・宇和建築設計事務所 宇都宮俊との対話

「蔵王町の事務所」ファサード

はじめに

2020年の旧正月休み中、学友の設計した建築が2019年グッドデザイン賞を受賞したと聞いた。
調べてみるとその建築は見覚えのある建物だった。実は2年前、僕は施工中のその建築を訪れていた。
2017年10月の短い夏季休暇を利用して、大学の友人が働く仙台を訪ねた。3.11の被災地や彼らが設計した建物を案内してもらった。その日、最後に連れて行ってもらった建築がグッドデザイン賞を受賞した建築だった。
その朗報を知り妙にうれしくなった。勢いで彼に連絡してしまった。
彼は、民家研究会や川口衞研究室などで大学時代の後半、一緒に過ごす時間が多かった古い友人。
2017年に独立し宇和建築設計事務所の代表の一人宇都宮俊。

今回は、彼が大学を出てから設計事務所で働き、独立しそしてグッドデザイン賞を受賞するまで、どのような道を歩んできたのか。
聞いてみたい。
僕の同級には150人ほどの建築学生がいたが、実際に建築意匠設計にかかわり、独立している人はどれくらいいるだろうか?

僕は20代にして早々にその道から反れてしまった。
今はベトナムというそこそこ物価が安く経済的将来性ある国で、まぁまぁの給料をもらい、定時で出勤し土日祝休み。比較的安定したサラリーマンとして生きている。

それに比べて、彼は一級建築士の資格をとり、独立し建築設計事務所を構え、時間も気にせずに好きなことに没頭し、仕事に精を出している。
僕も学生時代は、そういう時間をすごしていた。けど、いつの間にか建築よりも海外で働くことにこだわるようになっていた。
彼と僕の人生を分けたものはなんだろうか。
才能なのか、考え方なのか、生き方なのか。
このインタビューは、建築の世界の入り口にいる人にとっては、非常に有用な記事になったと思う。
建築業界の方はもちろん、これから建築と関わって行きたいと考えている方には是非読んでいただきたい。
建築学科を出て設計事務所で15年以上働いてきた宇都宮の生の声が詰まっている。

※大学の友人ということもあり、一部くだけた表現もあるが、その点はご勘弁いただきたい。

これから話す二人の経歴

宇都宮 俊 (Shun Utsunomiya)
1980    宮城県仙台市生まれ

2005    法政大学工学研究科修士課程修了
2004〜     富永讓+フォルムシステム研究所
2006〜     針生承一建築研究所
2013〜     関・空間設計
2017    宇和建築設計事務所設立
2019    蔵王町の事務所がグッドデザイン賞を受賞

Koike Yusuke
1980    東京都日野市生まれ

2003    法政大学工学部建築学科卒業
2003〜    商業施設設計施工会社に勤務
2009      ドイツ留学
2010〜     ベトナムのメーカーで家具の商品開発を行う。主に設計・デザイン・マーケティング担当。

2019年の川口衛先生死去について

2019年に亡くなられた川口衞先生は、丹下健三/磯崎新/内藤廣など著名な建築家が挑む挑戦的な仕事の構造設計を行ってきた。小池と宇都宮は法政大学時代に川口衞研究室に所属し、長い時間を共に過ごした。学部卒業後、小池は都内の小さな工務店へ、宇都宮は富永讓研究室へと進んだ。
川口衞先生は、2015年集大成となる「構造と感性: 構造デザインの原理と手法 」を出版。2019年5月29日に逝去されて、9月29日に「川口衞を偲ぶ会」が行われた。

小池)
去年僕たちが所属していた研究室の偉大な構造家川口衞先生が亡くなったけど、思うところはある?
2015年に「構造と感性: 構造デザインの原理と手法 」を出版してたね。

宇都宮)

その本は自分も持ってる。その前に小冊子で出版されていたんだよ。それも持ってる。研究室で話してくれてた内容だったね。実験もタイムリーで見てたしね。
川口先生は偉大な人だったし、天才的な人だったと思う。
こんなこと自分が言うのは失礼かもしれないけど。一度は一緒に仕事してみたいとは思ってたよ。ただすごい人過ぎてね。
人生に影響を与える人が三人くらいいるって言わない?
自分にとってはそのうちの一人が間違いなく川口先生だよね。卒業してから会ってないけど、少なからず寂しかったよ。
うちらは最後の学部生だからあんまり親密に接することは少なかったけど、講義とかわかりやすかったし。
100mの巨大こいのぼりとかは学術分野関係なく横断して、一つの形として統合できるんだから・・・。
構造家というのは一つの側面で、川口先生は何でもできる人だよね。絶対的な存在だった。
9月29日の偲ぶ会にも顔出してきたよ。けど、先輩たちはあんまりいなかったかな。お偉い先生方がいっぱいいた。

小池)
代々木第一体育館は50年以上たってるのに、いま見てもすごい。
高校生のとき初めて建築写生したのが代々木第一体育館で、法政大学入ってからあの建築に関わっていた人がいたと知って妙に高揚した。

宇都宮)
確かにすごいね。
建築がやりたくて建築学科に入ったわけじゃなかったから、そのころ正直建築に全く興味がなかったんだよね・・・。
そんな自分が、代々木体育館をみて初めて建築で感動したもんな。

代々木第一体育館

丹下健三設計の代々木第一体育館。川口衞先生は、坪井善勝の元で実質的な責任者として構造設計を担当した。

小池)
川口研に入った理由は?

宇都宮)
簡単に言えば、ダメ学生だったから行くとこなくて、迷子のときに手を差し伸べてくれたから(笑)

小池)
宇都宮覚えてないかもしれないけど、あの時自分もダメ学生で行くとこなかった。
確か、宇都宮が川口研にしたからついていったような気がする。
そういえば、川口先生の仕事で天津の現場に飛ばされてたよね。

宇都宮)
「天津に行け、行けばわかる」
的な感じで航空券だけ渡されたからね。
北京空港に誰か迎えに来てくれるんだろう、って思って着いてみたら誰もいないし。
しょうがないからスケッチブックに大きく「天津」と書いたら、親切な人がバスまで案内してくれた。
天津についても迷子だけどね。

小池)
卒業式もいなかったよね?

宇都宮)
うん。まだ天津にいたから。
卒業証書持ってない。本当に卒業できたのかな。

東京ではなく仙台で就職した理由

東京には有名な建築設計事務所が多くある。東京にある法政大学で建築を勉強した彼がどうして仙台の設計事務所への就職を選んだのだろうか。

小池)
修士では富永研に入ったよね。
そして院卒後、地元の仙台にしようと思ったのはなんで?

宇都宮)
あんまり当時の気持ちは覚えていないんだけど、間違いないのはばーちゃんが病気になって、あと何年生きれるかという状態だったんだよね。それでばーちゃん子だったし一緒に暮らしたいということだったし、そうしようと。
それに一応院の頃から富永先生の事務所でお世話になって、実施設計も大きなコンペも経験させてもらって、きりがよかったというのもあったと思う。
でも東京が楽しかったから、、、それなりには思い切った決断をしたんだと思う。

小池)
そっか、院の頃から富永讓+フォルムシステム設計研究所で実務もしてたんだね。。でも、おばあさんがきっかけだったとは。
本当は東京で働きたい気持ちもあった?

宇都宮)
そうなるんだろうなーとは思っていた。当初、仙台に戻るつもりはなかったよ。
ただ
「どの事務所で働きたい」
とかはなかった。不思議と。
なんでだろうね。あんまり働きたくなかったのか。

小池)
自分も、宇都宮は東京に就職すると思ってたから、仙台に帰ったのは意外だった。
最初の就職先は、針生承一建築研究所だね。
針生さんのところに就職した理由は?

宇都宮)
そもそも仙台は建築設計事務所が少ないから。
それと、いろいろやっているところにしたかったというのはあるね。あとは川口先生、富永先生含め結構上の世代の人たちの生き様が好きだった。
だからディテール含めしっかりとしたものづくりをする事務所が良かった。自分のしたいことは独立してからでいいと思っていたから、きちんと勉強できるところを選んだつもり。

小池)
宇都宮は、先を考えてしっかりとした人生選択をしている。
自分は、就職活動がうまく行かなかったというのもあるけど、適当な会社に入って失敗した。

宇都宮)
どうだろうか。古い人間だから最先端の建築にはあんまり興味がなかったかもしれない。
自分的には、行きあたりばったりの生き方だけど。

小池)
そう?学部時代はザハとかリベスキンドとか好きなのかと思ってた。

宇都宮)
ユダヤ博物館とかあの頃のリベスキンドは好き。ザハは絵が綺麗で好き。
でもリベスキンドもザハも実際行ってみたけど、とてもいいよ。
好きというか、理解したかったというのが本音。だって何考えたら、ああなるのか不思議じゃない。
それに学生時代っていうのは、考え方が問われるから物事を組み立てていくのにはいいレッスンだと思う。

小池)
ベルリンのユダヤ博物館は自分も行ってきた。
ザハのドイツの建築も見に行ったけど、タイミング悪くて入れなかったっけ。
今もそうだけど、自分の学生時代は創ることばかり考えていて、「他人の建築を理解しよう」なんて考えたこともなかったな。

宇都宮)
それは、自分が迷子だったからだよ。自分になにもないから、人から学ぶしかなかったんだと思う。

建築設計事務所の初任給は?

昔からアトリエ系建築設計事務所の給料は安いと言われているけど、修士課程修了をした彼の初任給はいくらだったのだろうか?
もう16年も前の話だから、時効の話だし気になるところ。ちなみに学部卒で先に就職した小池の初任給は16万円だった。

小池)
俗な話で申し訳ないけど、院卒で初任給いくらだった?

宇都宮)
10万円。

小池)
10万円はきついな。公開しても大丈夫?(事務所的に)

宇都宮)
公開しても全然大丈夫。針生さんの事務所に入所する前に、きちんと提示されてお互いが納得してるし。
まー仙台なら10万円でもなんとかなる。
次の年から15万に上がるし。

小池)
最初の1年間は修行ってことか。
ちなみに、月の労働時間は平均どれくらいだった?

宇都宮)
労働時間なんて気にしてなかったからわからない、、、。
出勤とかも適当だったし、、、昼に出て、朝帰る的な、、、。
打ち合わせとか現場がある日はちゃんと出るよもちろん。

小池)
なるほど。でも好きでやってるから時間とかあまり気にしないのが実際だよね?

宇都宮)
そうだね。
あとは仕事となると自分のためにやっているわけではないしね。
スタッフが全員がそういう働き方ではなかったけどね。でも、やりたい人はどんどんやっていいという感じ。
時代と設計事務所独特の風土もあるじゃない。
今だったら怒られるのかな?やりたいことやって怒られるのは、かわいそうな気もするんだけど。

一級建築士を取得するまで

一級建築士の勉強は難しい。朝から晩まで働きずくめの設計事務所に勤務しながら取得するのはなかなか困難な道だ。だから一級建築士という資格が評価の対象になる。宇都宮は独立前に一級建築士の資格をとったがどのよう勉強したのだろうか。

小池)
ちなみに、一級建築士をとったのはいつだったっけ?

宇都宮)
3、4年前じゃないかな。
それまでは仕事ばかりで、一級建築士の資格取るための勉強する時間もないし、資格とる意味もあんまり感じていなかった。

小池)
自分も一級建築士勉強したことあるけど、2級とはレベルがちがうし、かなりの時間がかかる。
勉強は独学?それとも学校に通った?

宇都宮)
独学で。
製図は一発で受かりたいから学校に行ったんだけど、初日でクソつまらなくて、意味ないと思ったから行かなくなった。
製図は富永さん、針生さんのところ手描きでいろいろ書いてたから楽だったね。

小池)
試験はすべて一発合格?

宇都宮)
記念受験は何回かしてるよ。
それで学科はちゃんと勉強した年は落ちて、その次の年に受かった。引っ掛けに気づいたんだよねーなんとなく。
製図は一発合格。個人的には何回も受けるような試験ではないから、頑張って勉強して一発で受かるのがいいと思う。
一級建築士という資格だけ欲しいなら、学生のうちか実務一〜二年でとったほうがいいんじゃないのかな。
資格制度は問題あるよね、、、いろいろ。

小池)学校に行くメリットはない?独学はモチベーション保つのが難しそう。

宇都宮)
学校はいったことないからわからない。そうそうモチベーションでしょうね。
向き不向きじゃない。
必要に迫られればやるけど、そうじゃなければサボっちゃうのが人間でしょ。
でも、世の中に特級建築士はいっぱいいるよ(特級建築士=資格はないけど、しっかり実務をできる人。)

小池)
でも、一般の人からみたら「一級建築士」ってきくだけでなんだかすごそうに感じるみたい。
実際に勉強したことある自分からしても、実務と両立して合格した人はすごいと思うけど。

宇都宮)
資格で人を判断するような時代にはなって欲しくないけどね。

小池)
だから、あえて事務所名に「一級建築士」って入れていないの?

宇都宮)
そうかな。
それは、、、あんまり考えていなかったかも。

独立・・・宇和建築設計事務所設立

宇和建築設計事務所

宇和建築設計事務所は古ぼけた木造建築の1階にあった

小池)
2017年にパートナーの和田さんと宇和建築設計事務所を設立だね。

宇都宮)
宇和の順番だけすごく考えた記憶はある。
「うわー」にするか「ワウ」にするか・・・ふざけてるね。

小池)
「うわー」はたしかにいい響き
そういう遊び心が宇都宮らしい。
こういう雰囲気好きな人多いと思う

和田さんとはどういう関係だった?

宇都宮)
和田との出会いは、実は東京にいた時で。
お互いにとって他大学の先輩の卒業設計の手伝いで出会ったんだよね。
その後、仙台に和田が移住というか住んでて、仙台のいろいろな設計事務所スタッフの飲み会で偶然再会したのかな。
それから毎年飲みながら、いろいろ話をしてたのよ。そこからかなーそんな話をし出してたのは。
はっきりやるというわけではなくて、お互い理想の設計の仕方を話してたくらい

小池)
理想を話し合えるパートナーがいて羨ましい。
独立といっても二人で始めることが前提だった?

宇都宮)
ホントタイミング。お互いやめる時が重なったという感じ
性格は全く違うけどね。ただみんなそれぞれ違うということをお互いに前提としているから。

小池)
独立してもうすぐ3年になろうとしてるけど、今のところ仕事は順調?

宇都宮)
現実は厳しいぞ。(笑)
でもなんとか食べていけてるし、順調と行っていいんじゃないかな。儲かってるとかじゃないけどね。
周りの人に恵まれてなんとかここまでやらせてもらったという感じです
仕事がないならないで、スタッフがいるわけじゃないから、自分たちが苦しむだけだからそれはとても精神的に良い。

小池)
この3年で一番苦労したことやきつかったこととかある?

宇都宮)
自分の場合は特に、、、そういうのがないんだよね。
毎回きつかったんだろうけど、終わって施主が喜んでいればよかったなと。

蔵王町の事務所が2019年グッドデザイン賞を受賞

蔵王町の事務所内部

蔵王町の事務所」トラスに組まれたスリーヒンジの構造

小池)
2019年に蔵王の事務所がグッドデザイン賞を受賞したけど、それから何か変わったことある?

宇都宮)
特にないかな。

小池)
本当に?

宇都宮)
グッドデザイン賞自体は影響はない。
だけど、本当にいいプロセスだったとは思う。みんなですごい考えたからねー。特徴はプロセスだと思う。
施主は、最初は安く鳥小屋をつくるような構法で事務所をつくることを考えていたみたい。
けど、それだとやっぱり面白くないと考えたようで、お声が掛かったのよ。
リサイクル業を行なっている会社だから、その会社のコンセプトを反映することも大事だし。
話し合っていく中で、「アップサイクルで行こう」となって、使われていないもの、捨てられるものを使ってつくろうとなり・・。
間伐材で作れるような構造、構法を考えるに至ったんだよね。
最初は「マジか・・・」って感じだったよ。(笑)
間伐材は施主のアイディア。

小池)
ビニルハウスの構造も一緒だよね?
宇和では構造をデザインとして見せる設計を意識的にしてる?

宇都宮)
ビニルハウスも基本は一緒。
構造デザインを見せる意識はそこまで強くないけど、綺麗な構造、合理的な構造にしようという意識はある。適材適所で使うとか、、、

小池)
ファサードは?
イームズハウスを思い起こす外観。

「蔵王町の事務所」ファサード

蔵王町の事務所」ファサード

宇都宮)
イームズ???イームズはちょっと違うと思うなーアセンブルという意味では似ているかもね。
あれはね、共同してくれていたカラーズデザインのアイディア。海外では建具も中古品として流通しているようで、それをアップサイクルとして使った。
なんかコンセプトを徹底して行ったら、外壁材も再生プラスチックだったり、捨てられてる木材だったり、、、設計と施工は大変だったよ。

小池)窓や扉は、サイズ加工した?有りものを組み合わせるのはかなり大変そう

宇都宮)
そう、枠の中にはめ込んで作ったものを、建物にはめ込む。大変でした。
まだまだ改良の余地ありだけどね。
サイズはそのままだよ。ありのままを図って。
そこの組み合わせはカラーズデザインさんがやってくれました
現物を図って→デザイン・レイアウト→施工図に落とし込み。
レイアウトまでをカラーズさんでやってもらって、図面をこっちで起こすというような感じ。

小池)
手間のかかる仕事だね

宇都宮)
基準法とか消防法の調整もあるから、レイアウトもチェックしてたけど。
でもあの仕事はやり通したお施主さんが偉いと思うよ。強い信念に動かされた。

小池)
こういう話を聞いてると、建築は施主と設計者の共同作業が重要だと感じる。
自分の仕事も、顧客の信念ややる気が強いときほど、いい商品が生み出せてるかな。
宇都宮のいうプロセスって意味では、ぶつかり合いがある程度ないと、洗練された製品が生まれてこない。
顧客の希望に寄り添いつつも、こちらもプロとしての提案をしていくことが大事だと思っている。
独立してからは「自分のやりたいデザインや設計をやれてる」って思う?

宇都宮)
もともと形とかそういうものにはあんまり興味はなかった。
だから自分がしたい設計とかデザインとかは狭義の意味合い、形に偏った意味ではないんだよね。
でもプロセスとかそういう意味ではある程度やれているかな。
成果品として形になったものが全てとは思っていないから。
だからといって成果物に責任がないというわけじゃないよ。そこは100パーセント設計者の責任と思う。
まず施主の話を聞いて、施主の言葉にできない思いを想像して、プレゼンして、、、それを繰り返す。

建築家とは・・・

小池)
自分のことは「何者」だと思う?
いわゆる「建築家」だと思う?

宇都宮)
いわゆる「建築家」の定義が難しい。
(自分は)社会に対しての強い信念を持って行動するような活動ができていないし、強い作家性を持ち合わせているわけでもないし。
間違っても自分から「私は建築家です」とは言えないな。
周りからは設計屋さんと言われてるよ。
設計士さんと言われるのもなんかなーという感じだな。

作家性がある人も重要だと思うし、オールラウンダーも必要。
おんなじ用途だとしても建築は場所に必ず関係するし、異なる人と付き合っていくわけだから。
そういった意味では毎回新しい。だから先入観を持たずに真っ白な気持ちで毎回やって行きたいということかな、、、個人的に大事にしていることは。
あとはスタッフだった頃によく感じたんだけど、お金を出すのは施主だからね。
デザインのためのデザインは嫌だね。意味ある行為をしたい。
建築家なんて、数えるくらいしかいないんじゃないの。

小池)
芸能人みたいな?

宇都宮)
それは失礼でしょ。
芸能人っていっぱいいるけど、「本当の芸能人は少ない」と小池は思っているのね。自称芸能人が多いと(笑)
役者みたいなもんかな。あんまり変わらない???
自分いい意味で言っているんだからね。建築家は、人から言われて認められてそうなるもの。
ということですよ。

小池)
自称建築家はだめってことか。

宇都宮)
と思っているということで。いろんな人がいていいんじゃないかな。

小池)
客観的にみて、
宇都宮みたいに、しっかりした建築設計事務所でて、一級建築士とって、独立して仕事ができてるなら、
「建築家」であってもよいのかなぁ
とも思う
それなりに大変な道を歩んできたわけだし建築士や設計士は、いまいち世間的評価がされずらいな、って
確かに自称は微妙だけどね。

宇都宮)
大変な道を歩いてきたとか、今まで頑張ったからとか・・・そんなの自己満足に過ぎないよね。
誰もその自己満足はみたくないよ。もっと頑張っている人は大勢いる。
世間的な評価がされていないというのは、それだけ必要とされていないということで、現実的な問題としてしっかり向き合う必要があると思うけどね。
それは設計料とか業界自体の問題と繋がるよね。入札とかシステムを含めた大きな話に繋がると思うよ。
だからこそ、しっかりした仕事をしていかなければと思うよ。

宇和建築設計事務所の今後について

小池)
これからやっていきたいことや方向性などあれば聞かせて。

宇都宮)
やっていきたいことね、、、用途とか、公共とかそういうことはないけど、きちんとお施主さんと向き合って仕事ができたらいいなと思う。お互いが対等の関係で。
やっぱり「うわー」っていう言葉を最後に聞きたいじゃない。
どっちの「うわー」だというのはあるができれば感嘆詞で。
人間は本当に感動した時は、短い「うわっ」でほとんど言葉が出ないだろうと、、、きっとそう思う。

事務所としての方向性は、必要としてくれる人のために仕事をしていきたい。設計士なら誰でもいいは嫌かな。
個人的にはもっといい業界にしていきたいと思うよ。適正な設計料で協力事務所にも適正な設計料を。
それと実績主義の世界を変えていきたいな、これからの人たちのためにも。
しょうがないなーで設計したらお施主さんに失礼でしょ。だからこそきちんとしていきたいよね

小池)
「うわー」いいこと言うなぁ(笑

編集後記

宇都宮俊、彼の今の姿は、僕が学生時代に描いていた将来像だった。
建築家の事務所で実務を積み、一級建築士の資格をとる。そして、独立して自分の事務所を構える。
建築学科を出れば当たり前にできそうな未来に思える。が、そうでもない。
宇都宮とは、大学4年の川口衞研究室の頃長い時間を共にした。
特に、卒業設計の提出前一ヶ月間は、二人で研究室に泊まり込んでいた記憶は未だに鮮明に覚えている。
僕は人間関係が苦手で、数少ない友人の中でも未だに連絡をくれる友人の一人。
2013年に僕がベトナムで挙式した結婚式にも、日本からわざわざ飛んできて参加してくれた。
上の対話でも伝わってくると思うが、彼の魅力は明るさと悪意をまったくもっていない人の良さだ。
建築とも人とも正面から腰を据えて向き合える人。

対話の中では、
「もともと形とかそういうものにはあんまり興味はなかった。
だから自分がしたい設計とかデザインとかは狭義の意味合い、形に偏った意味ではないんだよね。」
という話が印象的だった。
昔から形ばかりに囚われていた自分にとっては対象的な考え方だった。

この記事を読んで、宇和建築設計事務所に興味を持ってくれた人は彼らのウェブサイトも御覧ください。
宇和建築設計事務所:ウェブサイトインスタグラム

筆者プロフィール:Koike Yusuke / ベトナム建築探偵
本職はベトナムにある家具メーカーで働き、安くて良い椅子を作って日本の家庭へお届けする仕事をしています。2020年よりベトナム建築探偵はじめました。
資格:木造建築士 / カラーコーディネーター1級(商品色彩)
(Twitterはお気軽にフォローください!@yusukekoike21

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