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チャンパ建築 ビンディン遺跡群の8つの塔

ビンディン遺跡群

ビンディン省のクイニョンには、10世紀から14世紀にかけて建設されたチャム塔がのこっています。ビンディン遺跡群と呼ばれるのは8つのチャム塔。ただし、雁塔はクイニョンから100kmほど南にあるためこのMAPには記載していません。

現在、クイニョンと呼ばれるこのエリアは、チャンパ王国時代ヴィジャヤと呼ばれていました。
チャンパ王国の首都として中心的な役割をした時代もあり、多くのチャンパ建築が現存しています。

ここではクイニョンに遺る8つの塔を紹介します。
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フンタン遺跡|Tháp Hưng Thạnh

ベトナム語でTháp Đôi(2つの塔)とも呼ばれるフンタン遺跡は、かつて3つの塔が並んでいたそうです。さらには、宝物庫や四角の聖池の他付属建築物があったのですが、いまみることができるのは2つの塔だけです。
しかし、この頭でっかちとも言える特異な形の屋蓋に注目してしまうことでしょう。これはクメール芸術の影響をうけたものとみられています。7層のピラミッド型に屋蓋の装飾部や柱型上を飾る猿の連続文様などには砂岩が使われています。
砂岩を多用せずレンガを主要材とするチャンパ建築ですが、フンタン遺跡は背丈以上基壇を砂岩でつくるなど他のチャンパ遺跡とは違った構造がみられます。

フンタン遺跡が建てられたとされる12世紀はクメール朝の全盛期であり、一時的にチャンパ王国もクメール朝下に入ったとされています。その影響が当時のチャンパ建築にも現れています。

動画で観る フンタン遺跡

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金塔|フーロック遺跡|Tháp Phú Lốc|Tháp Vàng

 

様式:ビンディン様式
年代:13世紀初期

ベトナム語では、「Tháp Thốc Lốc」や「Tháp Phốc Lốc」と呼ばれる。Thốc=激しい、Phốc=巨大な、Lốc=竜巻という意味なので、どちらにしても巨大な竜巻の塔を意味しているようだ。他には「クメールの塔」という意味で、「Cao Miên」と呼ばれることもある。金塔という呼び名はフランスの研究者が名付けた。

金塔の造られた13世紀のチャンパ王国は、ジャヤヴァルマン7世治世のアンコール朝の大規模な侵攻に屈し、チャンパ王国の王都ヴィジャヤも一時期その支配下に置かれた。そのため、クメール人の影響を色濃く受けた建造物になっている。
祠堂は屋根の部分がほぼ崩壊し、草に覆われている。東面に開口部に前房があったものとおもわれるが、それも崩壊している。外側に砂岩の形跡がありレリーフが施されていたのであろうが、いまでは見る影もない。壁が崩壊しないように、とりあえずセメントで固めて補強してある。
小高い丘に建つ遺跡は神秘的であるものの、当時の祠堂の姿がほぼ残っていないのは非常に残念である。

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クイニョン市内から国道1号線を北上すると、1時間弱で右手の小高い丘の上に金塔が見える。
天気の良い日は銀塔からも望むことができる。

銀塔|バンイット遺跡|Tháp Chăm Bánh Ít

様式:ビンディン様式
年代:11世紀初頭

「Bánh ít」とはもち米とさまざまな具を葉で包んだ食べ物です。
銀塔とも名付けられた小高い丘の上に建つこの遺跡には、主祠堂の他に宝物庫と碑文庫そして楼閣が残っています。

ビンディン遺跡群の特徴として、砂岩彫刻が多く用いられるようになる傾向があり、これはクメール彫刻の影響と言われている。主祠堂の破風部分に見事な砂岩製の彫刻が埋め込まれています。また、その彫刻の傾向からジャワ文化の影響も指摘されています。
前房は完全に崩壊してしまっているが、東の開口部の上には、カーラのレリーフのある破風彫刻が残っています。
主祠堂の隣に立つ舟形屋根の塔は宝物庫で精緻な花草模様が刻まれ、基壇の部分には宝物庫を支えるかのように、ガルーダのレリーフが連続して彫り込まれています
碑文庫は、主祠堂のやや下に位置し三層の屋根がかけられています。チャンパの碑文庫でほぼ完全な形をとどめているのは、この銀塔だけであるといいます。

11世紀の優雅なチャンパ彫刻は、フランス植民地時代に価値が再発見されてから盗難が相次いでいます。主祠堂のシヴァ神像のオリジナルが盗難され、現在はフランスのギメ東洋美術館に展示されています。
現在、主祠堂に祀られているシヴァ神は、レプリカの像です。オリジナルに比べて若干痩せ型になっているように見えます。

左がオリジナル、右がレプリカ

左がオリジナル、右がレプリカ

動画で観る銀塔

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銅塔|カンティエン遺跡|Tháp Cánh Tiên

様式:ビンディン様式
年代:13世紀初頭

「Cánh Tiên」はベトナム語で天使の羽を意味する。銅塔はフランス植民地時代の俗称とされる。
カンティエンは、チャンパ王都の中心寺院だったと考えられている。1471年にベトナムの後レ朝の攻撃に王都が陥落したあとも、この銅塔(カンティン祠堂)の他に場内には北東に約10の道東郡があり、十塔寺と呼ばれていた。
13世紀以降、このあたりに新王宮に仕える神殿があった可能性がある。ちょうど同時期からミーソンが顧みられなくなっていた。
15世紀の終わりには、チャンパ王国は衰退が始まる、幾つもの戦闘の末、応急の都城は完全に崩壊してしまった。
カンティエン祠堂はフーロック遺跡と同様に小高い丘の上に建つが、フーロック遺跡と圧倒的に違うのが、修復作業が終わり丘周辺も整備されていることだ。 20数年前までは開口部の前房も屋根の一部も半壊していたが、現在では美しい隅尖塔や装飾文様が再現されている。

動画で観る銀塔

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象牙塔|ズンロン遺跡|Tháp Chăm Dương Long

様式:ビンディン様式
年代:11~12世紀

ベトナム語では、Tháp Dương Long(ベトナム南部の方言でユンロン塔、標準読みだとズンロン塔)と呼ばれ「太陽皇帝の塔(Dươngは太陽、Longは皇帝や龍)」を意味するが、俗称「象牙塔」とも呼ばれる。これは、フランスの研究者が名付けた可能性がある。
11世紀から12世紀に建てられた象牙塔は、田園地帯に空高く三塔の祠堂がそびえ立つ。高さは20数メートルあるという。
屋根は四方に隅尖塔配した典型的なチャンパ祠堂の様式ではなく、砂岩で補強しつつレンガをピラミッド状に積み上げた形をしている。
象牙塔の特徴はビンディン様式の中でも特に砂岩彫刻が多く用いられていること。
特に北副祠堂の南側にはナーガと神像の彫り込まれた見事な破風彫刻がほぼ完全な形で残っている。象牙塔はビンディン様式の特徴がよく出た傑作と言われる。
象牙塔で発掘された砂岩彫刻の多くはクイニョン博物館に展示されている。

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ビンラム遺跡 |Tháp Bình Lâm

様式:ビンディン様式
年代:11世紀初頭

クイニョン市近郊のこの地域は11世紀ごろから発展してきたチャンパの政治的中心であり、ヴィジャヤと呼ばれていた。
西南には、アンコール朝、北には大越という比較的大きな政治的統合体が出現していた。

動画で観るビンラム遺跡

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トゥーティェン遺跡|Tháp Thủ Thiện

様式:ビンディン様式
年代:13世紀中期

銅塔や金塔と同じ時期の祠堂。祠堂の内部の装飾が特徴的。西壁には砂岩で造られた複数の彫刻がはめ込まれていたが、ベトナム戦争の時期に心無い収集家によって持ち出され、現在行方不明とのこと。
遺跡の保存状態が悪く、上部構造が崩壊し頭頂部には穴が空いていて、基壇部分の崩壊もはげしく、全体的にコンクリートで補強されていた。
しかし、現在は修復作業が進んでいることがGoogleマップの写真投稿で確認できる。
建設当時とおなじ様式で再現されるか不安はあるが、ベトナムがチャンパ遺跡の保存をすすめているのは良い傾向である。

動画で観るトゥーティエン遺跡

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雁塔|ニャン遺跡|Nhan Tower |Tháp Nhạn Phú Yên

様式:ビンディン様式
年代:11世紀半ば

雁塔はトゥイホア市の中心を走るダーザン川の畔の、小高い丘の上にあります。遺跡自体は11世紀中庸に建設されたものとされています。

動画で観る雁塔

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