風景のない国・チャンパ王国 遺された末裔を追って
風景のない国・チャンパ王国 遺された末裔を追って [ 樋口英夫 ]
チャンパ王国は、15世紀までベトナム中部で繁栄したインド文明国家です。現在でもチャンパ王国の建てた祠堂は、ベトナム中部を中心に遺っており、当ブログでもチャンパ遺跡については、力を入れて紹介しています。
▶チャンパ遺跡をみる
東南アジアはインド文明の東端、しかもその最東端がチャンパ王国でした。そのチャンパ王国もベトナムの南下によって徐々に領土を奪われていきます。チャンパ王国の主民族チャム族は、17世紀に入るとベトナム山岳地帯に住む少数民族と同じような、チャンパ王国の後継の一部族という立場になってしまいます。
しかし、かつて海洋国家として繁栄を誇ったチャンパ王国は、中国をはじめインドネシアやマレーシアなどの島嶼部とも大きな交流がありました。14世紀末、チャンパの王女がジャワのマジャパイト国王に嫁いだという記録もあります。
領土だけみれば、インドシナ半島の最東端の小国チャンパにみえますが、海洋国家としての活動範囲は広かったと考えられます。
15世紀に国土を失った跡も、チャンパ王国の末裔は、ベトナム以外の国にもチャム人としてもしくはムスリムとして生き続けています。カンボジア、マレーシア、そして中国の海南島・・・、現代でも50万人ほどのチャム族がいるとされます。
ミーソン遺跡をつくったチャンパ王国の末裔、チャム人は世界に約50万人いる。 カンボジア・マレーシア ・ベトナム南部に住むチャム人はほとんどムスリム。
カンボジアには、かつて70万人のチャム人いたがポル・ポト時代に虐殺対象・難民となり12万人まで減った。 今では30万人超えて最も多い。 pic.twitter.com/Bk1OZ3VL1X — ꈵꊿ꒐ꈵꑀ ꐔꌈꈜꌈꈵꑀ (@yusukekoike21) November 13, 2020
著者であるフォトジャーナリストの樋口英夫は、アンコール・トムの中心に経つバイヨン寺院で出会った壁面をきっかけにチャンパ王国に興味を持ちます。その壁面には、カンボジアとチャンパの戦闘シーンが刻まれていました。
フンドシ姿のカンボジア軍と戦っていた軍隊は、かつてベトナム中南部にあったチャンパ王国の兵士たちでした。
それから何かに導かれるように、樋口はチャンパの末裔を追ってゆく。カンボジア、ベトナム、日本、そして香港の南に位置する海南島へも足を運びます。
アンコールワットが造営された時代のアンコール(カンボジア)は、12世紀東南アジアでは最大の領土を支配し、最強を誇る国家でした。しかし、当時のチャンパ王国は、一時的にですがそのアンコールに攻め入って占領してしまいました。
現在、カンボジアは最も多くのチャム人が暮らす国です。カンボジア人は仏教とヒンドゥー教の国だから、クメール・イスラムと呼ばれる人たちはほぼチャム人だとされています。ムスリムのチャム人たちは、ポル・ポト時代には虐殺の対象とされました。多くのチャム人が殺されるか、難民としてカンボジアから逃れた。もしくはムスリムであることを隠して、カンボジアで暮らしていました。
ポル・ポト時代の前には70万にいたとされたチャム人は、1990年代は12万人まで減ったといいます。今はそれでも30万人のチャム人がカンボジアで暮らしています。樋口氏は、そんなチャム人たちの村「チランチャムレ」を尋ねてから物語が大きく展開していきます。
しかしなぜ、そのチャンパ王国が消滅してしまったのか。
チャンパ王国に対しては謎とロマンを感じ、著者はカンボジアのトンレサップ湖ほとりのチャム族が住む村を訪れます。そこでの出会いをきっかけに、さら著者は徐々にチャムの人々と交流を深め、現代のチャンパ王国の末裔(チャム族)の姿に迫っていきます。
なぜ、インド国家と言われたチャンパ王国の末裔のほとんどがムスリム(イスラム教徒)になっているのか?
少数民族となり、国土を持たないいいま、チャム族はどのような生活をしているのか?
いまだに、ヒンドゥー教として生きるチャム族はいるのか?
知れば知るほど謎はつきません。
本書は1995年に発行されたものです。
それからすでに四半世紀以上たち、チャンパ王国の末裔でも都会の人々に混ざり、現代人と同じ暮らしをする人々も増えているでしょう。
しかし、樋口英夫が捉えたチャム族の暮らしの写真、そして彼が出会った人々とのストーリーを通して書かれているノンフィクションです。非常にリアリティがあります。
カンボジアもそうでしたが、チャンパ王国では紙に書いて記録する文化がありませんでした。現代のチャンパ王国の研究者が頼りにするのは、遺跡に遺された碑文と中国やベトナムで書かれた史書です。それを元に書かれた著書は散見しますが、チャム族の言葉をリアルに伝える日本語の書籍はありません。
本書は、チャンパ王国の末裔の声が詰まった書籍としても重要な役割をはたしています。
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