職業「遊び人」だけが「賢者」になれる理由を考える

遊び人の遊び一覧

真面目すぎる人はつまらない

真面目なだけな人はつまらない。
最近のニュースやワイドショーの司会者にお笑い芸人が起用される理由がここにある。
お笑い芸人なら、真面目な話をしたあとに、最後に笑いを入れて話をまとめられる。
深刻になりすぎない空気が番組に生まれる。

シリアスなテーマのドラマも映画も漫画も、笑いの一コマがあると、読者は張り詰めた緊張感が解けるし、重いテーマに対して遊び心や笑いがコントラストになり、本来のテーマをさらに強調できることもある。
僕は、漫画キングダムの大ファンだが、緊張感のある戦いの合間で、飛信隊の尾平や桓騎軍のオギコのような笑いを取るキャラが登場する。彼らの存在がキングダムという漫画を盛り上げるのに一役買っている。ストーリーを作る人には、笑いのセンスが必要だとつくづく思う。
最近すっかり意識高い系のとなったキングコングの西野氏は、笑いのセンスとエンタメのセンスをかけ合わせて、多くの若者の心を掴んでいる。やり方や考え方には疑問をもつ部分はあるけど、多くの人の心を掴んでいるというのは紛れもない事実。

さて、初期のドラクエシリーズといえば、先に進めるためには、一定時間レベル上げに要する必要があった。
レベル上げには敵と戦い続けなければいけない。そして、戦闘にはパーティのチームワークが欠かせない。
しかし、ドラクエIIIにはパーティのチームワークを乱す存在がいた。遊び人だ。

たとえば、HPが減ったらやくそうを使わなければ死んでしまう。
だけど、遊び人に「やくそうをつかう」と指示したところで言うことを聞かない。
自分勝手な行動をした挙げ句、やくそうを使わずに攻撃されて死んでしまう。とんでもないアホだ。
会社だったら、こんな自分勝手な社員はゴメンだ。

なんでこんな使えないアホなキャラが、ドラクエIIIの職業として存在するのか。
それはゲームの世界だから。だけど、ゲームだからといってこんな無駄な職業が生まれるだろうか?
敵と戦い続けることを目的としたゲームに登場する職業としてはありえない。
だけど、この「遊び人」という職業がドラクエIIIの魅力の1つになっている。
普通の考え方だったら生まれてこない職業だろう。
「真面目」なだけな人には絶対に考えつかない職業「遊び人」。
この遊び人を生み出したドラクエIIIの創造者は「遊び心」のある方だったのだろう。

そして、こんな遊び人がもつ「芸人魂」を世間は必要としている。
遊び人は、敵に攻撃されようが、やくそうを使わなければ死んでしまおうが、命をかけて笑いをとりにいく。
見方によっては、この芸人魂には心がうたれる。

先日、行われた宮迫氏と田村氏の会見のように、芸人が「お笑いのない真面目な会見」をするというのは、違和感がある。
実際に、宮迫氏の真面目な深刻な顔を見ていても
「その後にギャグが出てくるのではないか」
と思われるのがお笑い芸人だし、僕は少し期待して観てしまった。

真面目なテーマであっても、遊び心や笑いを合間に入れる、こうすることで人々の心を掴むストーリーが生まれる。
面白いブログというのは、テーマが深くて真面目でも、書き手が冒頭で笑いを入れていることが多い。記事を読んでいくと、その笑いのネタと記事のテーマがつながっていたりする。
笑いとしてのネタがつまらなくても、記事にコントラストを生み出す意味でも、笑いや遊び心を記事に入れ込むと読者の心をつかみやすい。

そもそも、人間は生まれた頃は遊んでばかりいた。
大人になるに連れて遊びの時間が取り上げられて、真面目に生きるように教育される。
だけど、真面目に生きるだけでは人としての深みとか幅とかが生まれないと思う。
要は、人としてつまらない。

遊びは創造性を生む~賢者の中の「遊び心」

動物や幼児は遊びを通して知能を発達させる。猫や犬はじゃれ合って、子供はおもちゃで創造的に遊ぶ。

2歳の子供に、ポップコーンとトラックのおもちゃをあたえるとどうするか。
ポップコーンの袋からポップコーンを掴み、トラックの荷台にポップコーンを載せる。
そして、その荷台のポップコーンを口に入れる。
大人ならまずしない行為。そして、その子供の行為を見た多くの大人が、
「おもちゃは汚い」
と言ってその行為をヤメさせてしまうだろう。そうすると、子供の創造性はひとつ失われてしまう。

この子供の行動から、おもちゃのトラックの荷台にポップコーンを載せて売る、という発想が生まれるわけだが、それを拾い上げる大人は少ない。
この大人がしない発想こそにイノベーションを起こす可能性が含まれている。

有用な知識を覚えるよりも空想する力

遊びは選択肢を広げてくれる。

ー中略ー

あのアインシュタインも、次のように語っている。

「自分自信や自分の考え方を振り返ってみると、有用な知識を覚える能力よりも、空想する力のほうが大きな位置を占めているようだ。

引用:エッセンシャル思考

遊びはストレスを軽減してくれる

遊びはストレスを軽減してくれる。ストレスは生産性を下げ、好奇心や創造性の働きを弱める。

引用:エッセンシャル思考

遊びは脳の高度な機能を活性化する

遊びは脳の高度な機能を活性化する。

ー中略ー

精神科医ハロウェルはこう述べる。

「コロンブスは遊んでいるときに、地球が丸いことを思いついた。ニュートンはぼんやりと心を遊ばせているときに、木から落ちるりんごを見て万有引力の着想を得た。ワトソンとクリックはDNAの形を遊び半分で空想していたとき、二重らせんという形に行き着いた。シェイクスピアは言葉遊びを生涯やりつづけた。モーツァルトは寝ているとき以外はつねに遊んでいた。アインシュタインは実験という行為こそ、精神が遊びを求めている何よりの証拠だと考えた。」

引用:エッセンシャル思考

遊びたおすことで悟りを開く

ストイックで真面目な人間はつまらない。
だけでなく、自分の考えに広がりが生まれない。
無駄だと思えるような遊びでも、それを無駄にするのか、活かすのかは自分次第。

ドラクエIIIの話に戻ると、「遊び人」の職業は遊びだ。戦うことは彼の職業ではない。
遊びとお笑いに命をかける「遊び人」を戦いという命のやり取りの場に狩りだしたのは、勇者とルイーダの罪だ。
遊び人はルイーダに騙されて、勇者のパーティに加わったのではないだろうか。
でなければ、戦闘中にあんなふざけた行為は許されない。
しかし、嫌々戦い続けた「遊び人」は、レベル20になるとダーマの神殿で「賢者」に転職できる。

他の職業が「賢者」に転職するには、「悟りの書」が必要となる。
しかし、遊び人は笑いに命をかけながら戦い続け、レベル20になることで自ら悟りを開く。

これって、お笑い芸人さんがバラエティの世界から、報道番組などの世界へ移っていく様子とよく似ていると思うわけ。
北野武氏は、芸人から映画監督となり、今でもTVタックルなど真面目なテーマを扱う番組を持つけど、本人は笑いをとる発言をする。
お笑いだけでも、真面目なだけでもない。
真面目に生きながらも遊び心を忘れない。お笑いに生きても真面目に生きる。
その二面性がコントラストになって、人間的な広がりを生むのだろうなぁ。

参照:エッセンシャル思考/遊び人の遊び一覧

筆者プロフィール:Koike Yusuke
海外の家具メーカーで働く、商品開発エンジニア兼デザイナー。
資格:木造建築士 / カラーコーディネーター1級(商品色彩)/ マーケティング検定
(Twitterはお気軽にフォローください!@yusukekoike21

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