ベトナム紙幣の裏面に描かれている建築の謎
ベトナム紙幣の裏面には、ベトナムを代表する建築や施設が描かれています。
日本の紙幣・貨幣を見ると、菊や桜など「花が描かれている」ことが多く、建築は「10円玉の平等院鳳凰堂」と「2千円札の守礼門」のみです。
ベトナム紙幣の表はホーおじさんの顔で見慣れていますね。
パッと見で金額を判断をするのに札の色が違うのがヒントになりますが、なぜか50万ドンと2万ドンが同じ色なので間違えやすい。
中国のように電子マネーが普及するわけでも無く、未だに現金社会のベトナムは日本のようです。
しかし、ほとんど貨幣(コイン)が流通しておらず、紙幣だけのお財布事情は、慣れると支払いも速いです。
ベトナムにいる間は誰もが所持するベトナムドン。
ホーおじさんの紙幣の裏には、ベトナム国内にある建築が描かれています。
「これどこだろう?」
って興味を持つ人は少ないとは思いますが、どこだと分かると意外な驚きがあったりします。
ベトナム紙幣の建築を眺めて旅した気分になってはいかがでしょうか。
▶Googleマップでベトナム紙幣の建築を確認する。(フォローできます)
5000ドン札 チアン水力発電所
5000ドン札に描かれているのは、ドンナイ省にあるダム(水力発電所)の施設です。
このダム兼水力発電所の施設は、ソビエトの支援で1984年から建設が始まり1988から使用されています。
ソビエト(今のロシア)とベトナムとの友好関係を表す代表的な施設が5000ドン札に描かれているのです。
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1万ドン札 バックホー油田
1万ドンに印刷されてるのはファンティットの沖にあるバックホー油田です。
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2万ドン札 ホイアンの寺橋
2万ドンに描かれているのは、ホイアンにある「寺」と「橋」の機能をもつ「寺橋」。
16世紀に日本人が架けた橋という伝説から、日本人には「日本橋」と呼ばれています。
寺と橋の機能を持つ橋であることから、ベトナム人から一般的には「寺橋(Chùa Cầu)」と呼ばれています。
他には、「来遠橋(Lai Viễn Kiều)」という名称もあります。 2万ドン札にも描かれるほどベトナムでは有名な橋です。
▶ホイアンの「寺橋」「来遠橋」「日本橋」論争
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5万ドン札 フエの敷文楼
5万ドン札に描かれているのは、フエ王宮の外にある皇帝のための船着場です。
阮朝の皇帝はここで休憩し、景色を眺め船に乗りました。
敷文楼 | Phu Văn Lâu
1819年 ザーロン帝によって建てられました。
王宮寄りに立つ2階建ての塔。
グエン王朝の詔書や諭旨などの布告や科挙の結果を民衆に公示していた場所です。
グエンルオン殿|Nghênh Lương Đình
1852年 トゥードゥック帝により建てられました。
香川( sông Hương)沿いにあり、船着き場兼皇帝の休憩所として利用されていました。
ここから、香川と御屏山の美しいフエの風景を眺めることが出来ます。
動画で観る 敷文楼 と グエンルオン殿
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フエ王宮午門の南側、香川沿いにあります。
王宮見学後、少し足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
10万ドン ハノイの文廟
10万ドンに描かれているのは、ハノイにある文廟です。
孔子さまが祀られれるお寺です。
ハノイに孔子を祀った文廟として建立されたのは1070年と言われていますが、当時のベトナムは仏教が文化の中軸であり、儒教はそれほど尊重されていませんでした。
李朝・チャン朝が仏教から儒教から変遷する過渡期であり、15世紀の黎朝の時代になると、中央集権を強化するため、儒教を国の基本方針とし広く伝えるようになります。
今でも、ベトナムは上下関係に厳しく、親族関係に特に気を使うのは儒教の影響が色濃く出ているためです。
この文廟では、1442年から1779年まで、300年以上に渡って合計117回の科挙試験行われ、合格者約1000人の氏名が彫られた石碑が遺されています。
また、Quốc Tử Giám(国子監)と言われるベトナム最古の大学もこの場所にありました。
いまでは、多くの観光客が訪れるハノイの観光スポットとなっています。
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20万ドン ハロン湾
ベトナム紙幣20万ドン札に描かれているのは、みなさんよくご存知のハロン湾です。
よく見るとこの奇岩2つに別れています。
確度によってはくっついたり離れたり…Kissing Rockとも言われています。
日本語にすると接吻岩ですね。
歴史を紐解けば、ハロン湾は常に戦場の舞台となっていました。中国の宋や元は常に、ハロン湾を通りバックダン江(白藤江)からハノイへ侵略してきました。
侵略される度に、レ・ホアンやチャン・フン・ダオといったベトナムの英雄が中国船を打ち破ってきました。
ハロン湾は名勝としても有名ですが、ベトナム人の心には反中の反骨精神を表す場所にもなっているのだと思います。
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50万ドン札 キムリエン博物館
50万ドン札の描かれているのは、ホーチミン氏の故郷ゲアン省にあるキムリエン博物館。
ホーチミン氏に関する資料などが展示されています。
故ホーチミン主席の故郷であるゲアン省に建てられた木造古民家型の博物館。この農村風景は、古くから強固な村落共同体を形成してきたベトナム人にとっての故郷を意味しているのでしょう。
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おまけ 5000ドン硬貨 一柱寺
最近は全く見かけなくなった5000ドン硬貨
描かれているのは一柱寺 pic.twitter.com/QYx0mAZbS2— Koike Yusuke (@yusukekoike21) May 2, 2020
2010年ころまでは、ベトナム硬貨も出回っていましたが、ここ数年ベトナム硬貨に触っていません。
硬貨一枚でものこしておけばよかった、と後悔しています。
一柱寺はハノイ市バーディン広場周辺にある観光スポットになっています。
太い丸柱一本の上に立つ特徴的なお寺。一柱寺が浮かぶ池は「霊沼池(リンチエウ;Linh Chiểu)」と言い、睡蓮の季節になると美しい花が足元を飾ります。
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おまけ 今はなき30ドン札
1981年発行の30ドン札 4区のホーチミン記念館
1911年、ホーチミン主席はフランスの商船に乗り込んで、この地からフランスへ渡りました。
ホーチミン主席の革命活動の写真や記念品など、彼の足跡をたどる展示がされています。
建物はかつて開運会社が使用していましたものです。
周りにめぐらされたベランダは、1階がアーチ型、2階は半円筒型のヴォールト天井となっています。
外側の吹き放しになっているのは、日差しを遮って風通しを良くするためです。
熱帯にやってきた西洋人が快適に暮らすために考えた建築方法で、これを「ベランダ建築」といいます。
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1985年発行の30ドン札 ベンタン市場
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まとめ
こうしてまとめてみると、ベトナム紙幣に描かれている建築は2種類に別れています。
外国人にとって有名な建築(場所)、そしてあまり有名でない建築。意外なことに、ホーチミン市に遺る建築は描かれていませんでした。
ここから読み取れることは、ベトナム紙幣に描かれている建築は、ベトナム政府にとって特別な建築である、ということ。
フエ王宮があれほど有名なのに、5万ドン札に印刷されたのは、なぜ王宮内の建築ではなくて敷文楼なのだろうか。王宮入り口に建つ午門こそフエ建築の代表的で荘厳な建築でベトナム紙幣に相応しいです。おそらく、敷文楼が「科挙試験」の発表の場であったことに関係があるのでしょう。
他にも、ベトナム紙幣に印刷されてもよいはずの建築はベトナムにたくさんあります。でも、ベトナム政府はなにかの基準を持って紙幣に描く場所を選んでいるはずです。
日本の紙幣は偽造防止対策のため、何度かデザイン刷新されています。昔の1万円札に聖徳太子が描かれていたことを知っている人も少なくなりました。
今後ベトナム紙幣のデザイン刷新されることもあるかもしれません。故ホーチミン主席は盤石ですが、裏に描かれる絵はその時代に合わせて変わっていくのでしょうか。
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動画でみるベトナム紙幣
筆者プロフィール:Koike Yusuke(デザイナー&マーケター)
木造建築士という建築知識をバックグラウンドに、ベトナム南部で家具のマーケティング・デザイン・商品開発をしています。ベトナム史が好きなので、ベトナム建築を古代から現代まで調べて、このブログで紹介しています。建築や家具、デザインはもちろん、ベトナム史やビジネスについて語り合える方募集しています。Twitterやインスタでお気軽にDMください。
資格:木造建築士 / カラーコーディネーター1級(商品色彩)
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